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郷土芸能

culture-kyoudogeinou南北に長い鹿児島県は,郷土芸能の宝庫。その総数はおよそ千種類ともいわれる。

指宿にも様々な郷土芸能が伝承されている。秋の夜,神を迎えて厳かに舞われる枚聞神社や南方神社の「神舞」(かんまい・かんめ)。琉球王国との貿易の歴史を物語る「琉球傘踊」,参勤交代の疲れや退屈を慰めたことに由来する「さまふり」や「坂田踊り」,鹿児島独特の芸能「棒踊り」等々…。江戸時代にその成立の由来をもつものも多い。

これら郷土芸能を伝えていくことは,指宿の歴史を伝えていくことでもある。

スポット一覧

開聞入野地区・物袋地区に伝わる琉球人踊りは,山川や指宿に伝わる琉球人踊りを伝え聞いた人々が,酒の席での踊りとして見よう見まねで踊ったのがはじまりとされている。本来は「男踊り」と「女踊り」2つそろっての入野物袋琉球人踊りで […]

  江戸時代,薩摩を訪れていた琉球使節団は,山川港を中継地としていたが,その道筋に大山があったため,地域の人々と交流があった。その使節団の様子や唄を踊りにしたものが教え継がれ,集落の祝い事などで披露されてきたと […]

相撲甚句は,下吹越地区に伝わる郷土芸能であり,昭和の初期から,五穀豊穣を祈願する奉納踊りとして踊られていた。力士たちは指宿市内の名所や特産品を四股名とし,まわしを身につける。行司が面白おかしく力士を紹介するのが見どころで […]

開聞龍宮太鼓は,昭和55年,青年団が「開聞太鼓同好会」として和太鼓に取り組んだのがはじまり。その後地域に根ざした郷土芸能としての継承と存続を願い,「開聞太鼓保存会」と改称した。「開聞龍宮太鼓」の名のごとく,地元の神話や伝 […]

「四ツ竹」とは,平たい2枚の竹片を両手に重ねて持ち,歌に合わせて手を開いたり,閉じたりしながら打ち鳴らす素朴な楽器のこと。小牧に伝えられている。これを使って踊るのが小牧四ツ竹踊りだ。服装は,鉢巻,かすりの着物にたすき,草 […]

日清・日露戦争のころ,兵士の運を祈って,地区の人々が着物姿で太鼓や三味線で伴奏しながら踊ったと伝えられている。戦後は,新築の棟上げやお伊勢講の時などに,細田西集落を中心に踊られていたという。それが途絶えてしまい,平成12 […]

虚無僧踊りは,虚無僧姿の踊り手の両側に,長刀と鎌をもった武士にふんした踊り手がならび,互いに向き合って打ち合う変化の多い踊り。きびきびとした踊りの中で,白い虚無僧の姿がひときわ引き立つのが特徴だ。

石嶺に伝えられている郷土芸能。室町時代,池田湖の東にあった清見城の城主池田信濃守(いけだしなののかみ)は,肝属氏に攻められたが,城を守りぬいた。城を守りぬいたお祝いの席で,庄五郎という芸達者な武士が,殿様の前でおもしろく […]

奴踊りは,玉利に伝えられている郷土芸能。16代島津家当主島津義久が肥前国島原城主との戦で勝利し,その祝いとして,揖宿神社に奉納されたのが始まりと伝えられている。14,5名の男踊りで,きびきびした動きの中にもユーモアを交え […]

第17代島津家藩主,島津義弘公が朝鮮出兵したときの凱旋祝いとして唄い踊られたと伝えられる。唄は,戦国時代の武士の唄にふさわしく勇ましく男らしいメロディーが感じられる。右手に扇子,左手に刀をもって二人一組で踊る,一種の武士 […]

棒踊りは鹿児島が生んだ独特の芸能。田植え前後の豊作を祈る踊りと伝えられているが,一説には,島津義弘ひきいる薩摩との朝鮮半島と戦いの後,その帰国祝いとして始まったとも言われている。6尺棒や3尺棒を持った踊り手たちが,歌に合 […]

田中地区,谷村地区には手拍子踊りが伝わっている。 歌には「阿波の徳島」「三邦丸(みくにまる)」「花の名寄(なよせ)」の3曲がある。「三邦丸」の歌は薩摩藩が慶応元年(1865年)に英国から購入し,商船として用いられた蒸気船 […]