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古代

history-kodai指宿の地面の下には,これまで知られているだけでも120か所の遺跡が眠っている。最も古いもので約3万年前。新しいもので江戸時代。地理的には,日本本土の端っこ。でも,南に開かれた玄関口でもある指宿。北から南から様々な文化がやってくる場所だ。

加えて指宿の遺跡のほとんどは,開聞岳の噴火で埋まっている。国指定史跡指宿橋牟礼川遺跡では,開聞岳の火山灰層をカギとして,縄文土器が弥生土器よりも古いことが日本で初めて証明された。さらに,『日本三代実録』に記録が残る874年3月25日の噴火で埋もれた古代の村が発見されている。“東洋のポンペイ”と呼ばれる所以だ。

ここでは,発掘調査で分かってきた大昔の指宿を紹介したい。

スポット一覧

2006年,開聞岳からわずか5㎞の場所で,874年3月25日の噴火でパックされた畑の跡が見つかった。火山礫は少なくとも4mは積もっていたようだ。畑を営んだ人々の集落は,埋没し壊滅的な被害を受けたに違いない。逃げることがで […]

中尾迫遺跡では,約1700年前の土器作り工房が発見された。土器を焼いた穴は直径約1m,深さ20㎝程度。穴の底は焼けて赤く変色していた。この穴に生乾きの土器を入れ,ススキなどの植物を覆いかぶせて焼いたものと見られている。土 […]

弥生時代,「卑弥呼の鏡」などと呼ばれるように,鏡と言えば有力者の持ち物であった。青銅製の鏡は古代中国に起源をもつ権威の象徴。その鏡のかけらが横瀬遺跡から出土している。専門家によれば,中国製の鏡をまねて国内で作られた可能性 […]

岩本遺跡は,今から約1万年前の遺跡だ。この頃の南九州では,縄ではなく貝殻で文様をつける円筒形の土器が大流行する。縄文時代というより貝文時代といった様相。南九州を代表する地域限定のいわば“ご当地土器”である。この独特の土器 […]

大園原遺跡では,建物の絵が描かれた土器片が見つかっている。国内最古級の建物絵画だ。時期は縄文時代後期,3,500年前から4,000年前頃。細かく観察すると,柱の線が床の線を突き抜けていることが分かった。どうやら高床の建物 […]

南丹波遺跡は,丹波小学校一帯に広がる弥生時代の集落遺跡。学校の校庭から,14軒の竪穴住居や土器捨て場が見つかった。14軒のうち9軒は,竪穴の内部が複数の土壁で仕切られた平面形が花びらのような形になる「花弁型住居」。その源 […]

南摺ヶ浜遺跡では,宇宿上層式土器と呼ばれる土器片が出土している。奄美大島の宇宿貝塚で初めて見つかった土器だ。時期は縄文時代の後期。この土器は,北はトカラ列島の中之島付近,南は沖縄本島まで分布する南の土器。指宿と南西諸島と […]

成川遺跡は,弥生時代の中頃から古墳時代に至る巨大な墓地。昭和32年に発見され,発掘調査の結果,土葬された300体を超える人骨に加え、鉄製の刀や剣などおびただしい数の副葬品が見つかった。古墳は造られておらず,土こう墓(土葬 […]

標高約百mの小牧の山間部,西多羅ヶ迫遺跡では,約2万8千年前に降ったとされる姶良カルデラの火山灰の下から、たくさんの石器(主に狩りの道具類。約3万年前のものと思われる)が出土した。今のところ,日本列島に人が住み始めたのが […]

橋牟礼川遺跡は,十二町下里にある。大正7・8年に京都帝国大学教授の濱田耕作博士らの発掘によって,開聞岳の火山灰をはさんで上から弥生土器,下から縄文土器が出土することが確認され,日本で初めて縄文土器が弥生土器より古いことが […]

弥次ヶ湯古墳は,国内最南端の古墳。5世紀後半〜6世紀前半のものと考えられる。円墳で,墳丘の直径は約17.5m,周りを巡る溝の幅は約2mを測る。弥次ヶ湯古墳の発見までは,川内川より南の薩摩半島は古墳の「空白地帯」と考えられ […]

敷領遺跡は,十町小字敷領一帯に広がる。「糄」(やきごめ),「智」と墨で書かれた土器や硯(すずり),整然と並ぶ建物群などが発見されている,奈良〜平安時代の役所の候補地だ。中でも注目されるのは,将棋の駒のような形をした「甲臺 […]